何かに夢中になってる人って、まぶしくない?
何かに夢中になっている人って、まぶしく見えませんか?
時間を忘れて何かに打ち込んでいる人。
楽しそうに練習を続けている人。
自分の好きなことを、目を輝かせながら話している人。
そんな姿を見ると、「いいなあ」と思うことがあります。
私にも、そんな風にまぶしく見えた経験があります。
中学生の頃、私は部活動でバスケットボールをしていました。
バスケは好きでした。でも、熱心に練習を続け、どんどん上達して試合に出ていく仲間たちが、羨ましく見えたことを覚えています。
上達していることが羨ましかったのか。それとも、あんなふうに一生懸命になれることが羨ましかったのか。
今になって考えると、きっと両方あったのでしょう。
そして、ふと思うのです。
どうして、何かに夢中になっている人は、あんなにまぶしく見えるのでしょうか?
今回は、そんな気持ちについて考えながら、自分自身が夢中になれる可能性についても考えてみたいと思います。
「すごいな」と「いいなぁ」は、ちょっと違う
何かに夢中になっている人を見たとき、私たちは何に心を動かされているのでしょうか。
例えば、スポーツで素晴らしい結果を残した人を見て、「すごいな」と思うことがあります。
一方で、特別な成果を出していなくても、心から楽しそうに何かに取り組んでいる人を見て、「いいなぁ」と感じることもあります。
この二つは、似ているようで少し違います。
前者は、その人の能力や成果への称賛です。
後者は、夢中になっている姿そのものへの憧れです。
もちろん、実際には両方が重なることもあります。中学生の頃の私が、まさにそうでした。
心理学では、他人の優れた行動や成果に触れたときの感情として、称賛や羨望などが研究されています。
例えば、AlgoeとHaidtらの研究では、他人の優れた行動を目にしたときに生じる感情と、その後の動機づけが検討されています。
また、ThrashとElliotらは、何かに心を動かされる「感化(inspiration)」について研究しています。
ここで大切なのは、他人に心を動かされることと、自分もその人と同じことをしたくなることは、必ずしも同じではないという点です。
例えば、私は何かを心から楽しんでいる人を見ると、その人が取り組んでいること自体に興味を持つことがあります。
「そんなに面白いんだ。いったい何が面白いんだろう?」
そんなふうに思うのです。
でも、自分も同じことを始めたいとは限りません。
ただ、その人が夢中になっている姿に心を動かされる。
そして「自分も何かをあんなふうに楽しんでみたいな」と感じることがあります。
なお、ここで紹介した心理学研究は、主に他人の優れた行動や、心を動かされる経験を扱ったものです。
成果とは関係なく、誰かが夢中になっている姿そのものをなぜまぶしく感じるのか。その感覚を、これらの研究だけで説明できるわけではありません。
それでも実際私たちは他人をまぶしいと感じますし、私たちが感じる「まぶしさ」には、いくつかの異なる気持ちが重なっていることを考える手がかりになります。
憧れることと、自分を比べること
誰かに憧れることは、必ずしも気持ちのよい経験ばかりではありません。
「あんなふうになりたい」と前向きな気持ちになることもあれば、「それに比べて自分は……」と落ち込むこともあります。
LockwoodとKundaによる研究では、優れた人物が自分に与える影響は、その成功を自分にも実現できそうだと感じるかどうかなどによって変わることが示されています。
憧れの対象が励みになることもあれば、自分との差を意識させることもあるのです。
ここで思い出すのが、2023年のWBC決勝前に大谷翔平選手がチームメイトに語った「憧れるのをやめましょう」という言葉です。
相手を尊敬する気持ちはあっても、これから対等に戦う相手として向き合おう、という呼びかけでした。
もちろん、私たちは普段から誰かと勝負しているわけではありません。
それでも、この言葉から考えられることがあります。
誰かをすごいと思うことと、自分をその人より小さな存在だと考えることは、別の話ではないでしょうか。
夢中になっている人がまぶしく見える。
でも、それは自分に夢中になれるものがないという証拠ではありません。
では、研究紹介だけでなく、私自身はどうなのでしょうか。
そういえば、自分にも夢中だった時間があった
今回、この記事についてチャッピー君(ChatGPT)と話しているうちに、私は一つのことに気づきました。
私自身にも、夢中になっていた時間があったのです。
例えば、ボードゲームの『カタン』。
私は昔、1人でカタンを遊んでいたことがあります。カタンをご存知の方であればよくわかると思いますがカタンは1人でやるゲームではありませんよね。
そうなんです私友達がいなくて。。。ではなく。笑
自主練としての1人カタンです。
1人で複数人のプレイヤーを担当して、それぞれの立場になって考えるのです。
どのプレイヤーに肩入れする訳でもなく、理想は10点、9点、9点、9点、で試合を終えること。
途中では、このプレイヤーなら何を狙うだろう。この交渉には応じるだろうか。こういう展開なら、どんな判断をするだろう、と。
単に駒を動かすだけではありません。複数人の考え方や、交渉の駆け引きまで想像しながら。
なかなか大変な遊び方ですが、私はそれを好きでやっていました。
ちょっと話は変わって、RPGのレベル上げにも熱中していました。
いましたと過去形ですが、今でも新RPGを始めたら熱中することでしょう。笑
どうすれば効率よく成長できるかを考え、次は何をするか計画し、ゲームをしていない時間にも続きを考えていました。
早く続きをやりたくて仕方がない。
ところが、レベルが上限に近づくと寂しくなり、上限に達すると、今度は別のキャラクターを育てたくなるのです。
振り返ってみれば、どちらも十分に夢中になっていた経験だったのでしょう。
でも、当時の私は「自分は夢中になっている」と意識していたわけではありません。
ただ、好きだからやっていたのです。
自分の「当たり前」を振り返ってみる
ここで、私自身の経験を少し整理してみます。
1人カタンもRPGのレベル上げも、当然誰かに頼まれてやっていたわけではありませんよね。
自分から自主的に繰り返し遊んでいました。
遊んでいない時間にも、次はどうしようかと考えていました。
そして、何かの成果を出すことだけでなく、考えたり工夫したりする過程そのものを楽しんでいました。
こうして振り返ると、自分が何に面白さを感じていたのか、少し見えてきます。
もちろん、これらは「夢中であること」を判定する科学的な基準ではありませんし、夢中になる形は、人によって違うでしょう。
それでも、自分の経験を振り返る手がかりにはなります。
例えば、皆さんもこんなことはありませんか?
- 誰かに言われたわけでもないのに、何度も繰り返していたこと。
- やっていない時間にも、つい続きを考えていたこと。
- 上達や成果とは関係なく、ただやっていること自体が楽しかったこと。
私の場合は、カタンやRPGがそうでした。
でも、こうして振り返るまで、それらを「夢中になっていた経験」として意識していなかったのです。
心理学には、自分の過去の経験を振り返り、現在の自分と結びつけて意味を考える「自伝的推論」という研究領域があります。
私たちは、過去の出来事を後になって別の角度から捉え直すことがあります。
ただし、振り返った記憶には現在の自分の考え方も影響します。過去の出来事を捉え直したからといって、その解釈が必ず正しいと証明されるわけではありません。
それでも、私にとって今回の気づきには意味がありました。
「夢中になれる人が羨ましい」と思っていた自分にも、夢中になっていた時間があったのです。
そして不思議なことに、それに気づくと、他人への羨ましさが少し薄れたように感じました。
でも、まぶしさは残りました。
他人が何かを心から楽しんでいる姿は、やっぱり素敵だと思うのです。
夢中になれるものは、まだ知らないものの中にも
ここまでは、私が過去に経験していたことを振り返った話でした。
でも、夢中になれる可能性は、過去の経験だけに限りません。
まだ知らないものの中にもあります。
初めて触れる趣味や、友達に誘われて体験する遊び。
やってみるまでは、自分が何を面白いと感じるのか分からないことがあります。
私自身、ボードゲームとの出会いから人との縁が広がり、今の仕事につながりました。
もちろん、最初からそんな未来を想像していたわけではありません。
当時は何気なく選んだことでも、後から振り返ると、自分にとって大切な出会いだったと気づくことがあります。
新しいことを試せば、必ず夢中になれるわけではありません。
それでも、まだ知らないものの中に、これからの自分にとって大切な楽しさがある可能性は残っています。
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私がボードゲームを通じて出会った人たちと、今の仕事につながるまでの経緯を書いています。
すでに知っているものの中にも
そして、もう一つ。
夢中になれる可能性は、すでに知っているものの中にもあります。
私にとっての1人カタンやRPGが、まさにそうでした。
好きで繰り返していたことも、見方を変えれば、夢中になっていた経験として捉え直せます。
また、以前は面白さが分からなかったことでも、今なら違う楽しみ方ができることもあるでしょう。
知っていることと、その面白さをすべて知っていることは、同じではありません。
新しいものに触れてみる。
馴染みのあるものを、少し違う角度から見てみる。
どちらも、自分の楽しさを知るための入口になります。
それでも、夢中になっている人はまぶしい
誰かが何かに夢中になっている姿を見ると、今でも私はまぶしく感じます。
きっと、これからもそうでしょう。
でも、以前とは少し捉え方が変わりました。
その人が夢中になっているからといって、自分には夢中になれるものがないわけではない。
自分にも、かつて夢中になっていた時間がありました。
そして、まだ知らないものの中にも、すでに知っているものの中にも、これから夢中になれる可能性があります。
他人のまぶしさは、自分の可能性のなさを示すものではないのです。
もし、誰かが夢中になっている姿を見て「いいなあ」と感じたら、少し考えてみてください。
その人の、どんなところに心を動かされたのでしょうか。
そして、自分自身には、どんなことを楽しんできた時間があるでしょうか。
すぐに答えが見つからなくても構いません。
誰かの夢中な姿がまぶしく見えること。
それは、自分にもまだ知らない楽しさや、見過ごしていた面白さがあることに目を向ける、一つのきっかけになります。
参考研究
- Algoe, S. B., & Haidt, J. (2009). Witnessing excellence in action: The “other-praising” emotions of elevation, gratitude, and admiration. DOI: 10.1080/17439760802650519
- van de Ven, N. (2017). Envy and admiration: Emotion and motivation following upward social comparison. DOI: 10.1080/02699931.2015.1087972
- Thrash, T. M., & Elliot, A. J. (2004). Inspiration: Core characteristics, component processes, antecedents, and function. DOI: 10.1037/0022-3514.87.6.957
- Lockwood, P., & Kunda, Z. (1997). Superstars and me: Predicting the impact of role models on the self. DOI: 10.1037/0022-3514.73.1.91
- 佐藤浩一(2017)「自伝的推論尺度の作成」DOI: 10.5265/jcogpsy.14.69
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